土方歳三、京から江戸へ出張!琴に会えるのか
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京都で新選組副長としてハードワークをしていた土方歳三ですが、果たして恋をしている暇があったのでしょうか?
男たるもの魅力的な女性に恋はしたいものです。
土方歳三ほどのいい男ならきっと魅力的な女性に恋をしていたことでしょう。
まず元治元年三月、京都にいた土方歳三は江戸へ出張しました。
目的は隊士募集のためです。
ただその時江戸にいた藤堂平助が中島登の力を借りて既に隊士を集めていたため、歳三自ら募集活動をする必要がなく、仕事は割と早く終わりました。
そこで二年ぶりに日野の実家に帰りました。
その実家には家を継いだ喜六夫婦と長女ヌイがいました。
ヌイは病弱で奉公していた大名屋敷をクビになり、その後嫁ぎましたが病弱のため離縁された、不憫な女性で、姪に当たりました。
鬼の副長との異名がありますが、本当は凄く優しい男。
このヌイに京都のお土産の櫛や笄、絵草紙を与えて、病身を慰めました。
その後日野を出て、高田馬場に近い戸塚村に行きました。
ここには土方家の遠縁にあたる三味線屋がありました。
この三味線屋にお琴という箱入り娘がいました!
お琴こそ土方歳三が真に恋をしたと思われる許嫁です。
土方歳三はこのお琴を訪ねに来たのです。
ではお琴との出会い、どのような女性だったのかを次項でご紹介したいと思います。
土方歳三の切ない恋!許嫁の琴との再会
お琴は雅た女性で、長唄は名取り、三味線はかなりの腕前で、土地評判の小町娘でした。
それはお琴が店番じゃないと、お客が納得しないほど人気がありました。
土方歳三の長兄の為次郎も、遠縁ということもありこの店を贔屓にしていました。
そしてお琴を見初め、歳三の嫁にしようと思い、佐藤彦五郎に話しました。
当時、土方歳三は大伝馬町の奉公をしくじって家にいる時のこととされていますので、17歳か18歳と考えられます。
話を持ち掛けられた佐藤彦五郎は、戸塚村に足を運んでどんどん進め、お琴たちも乗り気になり、歳三にも話を持ち掛けました。
すると歳三は「この天下多事の際、何か一事業を遂げて名を挙げたい。よりてなおしばらくは、私を自由の身にして置いてくれ」といって断ったのです。
ちなみにこの時はこんな時代です。
土方歳三と許嫁の琴とはどうなってしまうのか?
お琴が歳三の許嫁となってから、歳三は剣の稽古に励み、その後新選組副長として多忙な日々を送ります。
ですので十数年会っていませんでした。
それでもお琴は歳三を待っていました。
ひたすら待っていました。
土方歳三は余程魅力的な男だったんでしょうね。
歳三は数々の土産物をお琴に渡しました。
お琴は急な来訪であったため、ありあわせの品で二つ三つの小料理を作り、歳三の前に座りました。
二人が何を話したのか?
何時間いたのか?
記録としては残っていません。
おそらく別離を切り出したのでしょう。
やがて土方歳三は立ち上がり草履を履いて外へ出ました。
お琴はか細い声で「お体を大切に」と声をかけました。
土方歳三はそれには答えず、待たせてあった駕籠に乗り、お琴から遠ざかっていきました。
お琴は門先でいつまでも見送っていたと言います。
それが二人が会う最後でした。
土方歳三とお琴との恋、切ないですね。
本当に切ない!!
世の中が平穏なら二人は結ばれていたんだと思います。
なお、その後のお琴についての資料は見当たらないので、どう過ごされたかは不明です。
土方歳三には琴という許嫁がいた!琴との関係を大公開!まとめ
土方歳三の許嫁のお琴との切ない恋について調査し記事をまとめました。
許嫁のお琴はとても魅力的な女性で、歳三を十数年待つ程強い恋心を持っていたんですね!
ロマンチックですが、切なすぎる話ですね!!
土方歳三はお琴の事をどう思っていたんでしょうか?
それは残念ながら記録にありません。
今後の歴史学者の研究に期待するしかないですね!
最後までご覧いただきありがとうございました。
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